早坂有生のYALE

2016年にYale(イェール、エール)大学に学部生として入学した日本人、早坂有生のブログです。大学での出来事やアメリカ大学出願のことなどについて書いていきます。

Godzilla Resurgence (シン・ゴジラ)

今日から日曜日まで授業がなく秋休みpart1です!ということで昨日の夜ルームメートと友達と3人でシン・ゴジラを見てきました!僕はYale出願のエッセイでゴジラについて書いたくらいゴジラには思い入れがあるので、アメリカ人と見に行ける日が早々に訪れ嬉しかったです。以後ネタバレ含みます。
↓アメリカ版ポスター。日本版とあまり変わりませんが、今回のゴジラにとって重要な目(初代ゴジラ以降初めて人を見下ろす位置についている)が見えないのが残念です。でもShin Godzillaとしてくれたのでまあまあですね。
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電車とuberを使って1時間くらいかかる映画館でしかやっていなかったので、普段常にキャンパスにいる身としては結構遠出でした。でもアメリカ人が一緒だと、道検索やuberの手配など全て任せられるので心強かったです。
↓映画館。チケットは自由席です。ポップコーンのサイズがすごく大きかったです。
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日本でも2回見たので今回僕にとっては3回目でしたが、やはり面白かったです。映画のサウンドトラックもよく聴いていたので、映画内で聴けて懐かしい気持ちになりました。ルームメートはずっと起きて結構真剣に見ていましたが、もう一人は中盤までの会議のシーンで寝ていました。こちらの観客はゴジラ映画ならなんでも楽しむものと考えているようで、日米関係に言及したシーンで笑い声が起こったり、最後ゴジラが凍結された瞬間拍手が起きたりして、日本での受け取られ方とは違う印象でした。ゴジラに核攻撃をされると聞いて様々な人が感情的に反応する様子や、総理大臣代理がフランスに頭を下げているシーンにも笑い声が少し起きたのはショックでしたが、ルームメートに聞いたら、アメリカ人も自分たちは経験がないからわからないが、日本人がなぜ核に対しそういう反応をするかは理解しているとのことでした。


日本では、ゴジラとは何なのか、なぜ来るのかということに注目するのに対し、アメリカではゴジラが何であろうと人間が倒すべきもので、倒せるものだ、その倒す様子を楽しもう、と考えているのではないかと思います。怪獣という文化の違いもあり、第二形態も怖いとは思わず、「可笑しい、さすが日本笑」というような受け取られ方でした。俳優たちのセリフの多さと地名などの文字情報の多さに比例して字幕もすごいことになっていたこともあり、アメリカ人たちがどのくらい話を理解したのかはわかりませんが、なぜ牧博士が日本を憎んでいたか、牧博士とゴジラの関係、カヨコの日米の間で揺れ動く感情の変化、などはあまり伝わっていないと思いました。字幕も「良かった」が「Thank God」となったり、国連軍が全て「US-led army」のようになっていたりして、アメリカ仕様でしたが、日本人が「ゴジラ」というときは「Gojira」表記になるなどそれなりの理解もありました。エンドロールが始まると場内が明るくなり、もう帰る雰囲気になったのもアメリカならではでした。


僕がアメリカで過ごして、3回目に見て、新たに気づいたことは、俳優がほぼ全員日本人であること、無人在来線攻撃、アメリカによるゴジラ攻撃についてです。アメリカではこのような映画ではたくさんの人種が出て来るので、全員が日本人というのは少し不思議な感じです。人種を気にしなくて良いというのは日本ならではなのだと思いました。無人在来線攻撃も、電車があまり発達していなく車社会なアメリカでは無理な作戦なので、日本だからできた攻撃方法なのだと感じました。ちなみにアメリカには速い電車はないので、新幹線すごいねとよく言われます。アメリカ軍の戦闘機が勝手にゴジラ攻撃に出て放射熱線で瞬殺されるシーンがありますが、その戦闘機の名前がブラボーでした。これは第五福竜丸が被爆したことで有名な、アメリカの水爆実験の名前と同じです。初代ゴジラ第五福竜丸事件に多分な影響を受けているので、何か意図があってこの名前にしたのかなと思いました。


僕が日本でこの映画を見て思ったのは、今までのゴジラ作品とは核と日本との関係についての描かれ方が違うということでした。今までは、1954年の初代を含め、日本は核の一方的な被害者でした。ビキニ環礁のあたりに眠っていた恐竜がアメリカの水爆実験で被爆し放射性物質を含むビームを吐けるようになって日本を襲う、ゴジラをロシアやアメリカが核で倒そうと勝手に核弾頭を飛ばす、など、ゴジラも日本も常に受動的に核の被害者でした。それが今回の映画では、ゴジラが生まれた原因の一つは日本自体であり、日本が戦争時核を落とされるまで戦争をやめなかったこと、核被害者に対し十分な対応をしなかったことが大きく関係しています。ゴジラへの核攻撃に関しても、感情的になる日本人を描くとともに、ニューヨークであっても同じことをするというような、客観的視点も入っています。福島の原発事故で、日本が自身の手である意味被曝国となったこともこの新たな視点に影響しているのではないかと感じます。

ゴジラは昔から本当にたくさんの解釈があり、様々な議論が行われて来ました。シン・ゴジラとともに、最初の1954年のゴジラも見てみてはいかがでしょうか。もう見たという方は、初代ゴジラがアメリカに輸入され改変されたGodzilla King of the Monsters!を見てみてください。核や戦争など、ゴジラにとって重要なテーマはことごとく削られ、視点もアメリカ基準になっています。しかし世界に出回ったのはこのアメリカのバージョンでした。僕のスイートメートにも、ゴジラはもともとアメリカで作られたと思っている人がいたくらいです。日本版だけでも十分に胸を打ちますが、アメリカ版も見るとまた色々と考えさせられると思います。

11月に初代ゴジラの日本版がYale内にある映画館で上映されるので、またルームメートたちと行けたらと思っています!では!