早坂有生のYALE

2016年にYale(イェール、エール)大学に学部生として入学した日本人、早坂有生のブログです。大学での出来事やアメリカ大学出願のことなどについて書いていきます。

内モンゴル自治区

内モンゴルで20歳の誕生日を迎えました!HBAも半分が終わり、あと1ヶ月となりました。英語が使えなくなってきてYaleに行ってからが大変そうです。HBAには中一週間に社会調査という校外学習の期間があり、いくつかの候補から行く場所を選んで観光したり現地の人と交流したりします。少林寺西安、上海などの候補がある中僕は内モンゴルを選んだので、調査結果を書きたいと思います。

僕はもともと内モンゴルに対して、モンゴル国と同様の文化、種族、生活習慣の人々が住んでいるが中国の領土で、独立を巡って対立しているイメージを何となく持っていました。言い換えれば、草原が広がっていて遊牧民が住んでいて、独立したいが中国政府に抑圧されている想像でした。しかし実際行ってみると、どの部分も違うことが発覚しました。
↓典型的な内モンゴルのイメージ(僕が宿泊したパオ)
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まず、草原が広がっているイメージですが、確かに広大な草原もあります。しかし草原や砂漠しかない、都市的なものは何もないというわけでは全くなく、大都市もいくつもありました。一週間のうち最初の二泊は草原の伝統的なパオを模した場所に泊まったのですが、その後の三泊は普通の都市のホテル泊まりでした。このような都市は、貴金属産業の発展に伴い急激に成立したようです。僕の印象では、草原はむしろ内モンゴル族の文化を体験できる観光地として残してあるというイメージでした。

次に遊牧民がいるイメージですが、現在ではもうほとんどいないそうです。第一に、内モンゴルの人口のうち大部分は漢族(中国の多数民族)で、蒙族(内モンゴル族)は内モンゴル内であっても少数派です。これは中国政府が蒙族に自治権をにぎらせないために漢族の内モンゴル移住を推奨したためとのことです。蒙族であっても、現在も遊牧する人はほとんどいなく、都市部で漢族と変わらない生活を送るか、観光業に就く人が多いです。都市の高校に行き交流した蒙族の子は、日本のアニメが好きで、将来は上海の大学に行き、その後日本に留学したいと言っていました。観光業に携わる人たちも、観光業の枠組みの中で馬に乗ったり宗教的儀式や婚礼の様子を演じたりすることはあっても、普段の生活の中では遊牧民と呼べるようなことはほとんどしていない印象でした。また、観光業に携わる人は蒙族とは限らず、漢族であっても就きます。一週間ガイドを担当してくれた人も漢族でした。

最後に抑圧のイメージですが、確かに街中にはそこかしこに内モンゴル自治区成立70周年記念の幕が張られており、独立を許さない政府の意図は感じられました。ただ、現地の人々に聞いたところ、中国政府や共産党との関係は今では良好で、治安も良いとのことでした。僕が交流した大学や高校には共産党員室という赤い部屋があり、面白かったです。

まとめると、僕は少数民族は多数民とは異なる存在で抑圧されているものだ、というイメージを勝手に抱いていたのかなと感じます。実際は、内モンゴルでは観光業の中では人々のイメージを再現するようなものはあるものの、実質の生活や考えは多数民とより近いもので、抑圧も少なくとも目に見える明らかなものはあまりないということがわかりました。ただ、これは良いことなのかというと、そうとも限らないと思います。多数民とより近くなっていることは、蒙族の歴史や言語、文化が失われつつあることを示しています。抑圧を感じられないことは、例え抑圧があったとしてもそれを受け入れていることを意味します。しかしそこまでの様々な事柄の是非を判断するだけの知識や勉強はまだできていないので、抱いていたイメージが違ったということがわかっただけでも、行ってよかったと思いました!