早坂有生のYALE

2016年にYale(イェール、エール)大学に学部生として入学した日本人、早坂有生のブログです。大学での出来事やアメリカ大学出願のことなどについて書いていきます。ご質問、ご要望、ご連絡は記事へのコメント(非公開設定です)にお願いします。

眩き冒険者 ボストンキャリアフォーラム編

彼が日本に来るのは久しぶりだった。2年前言葉も文化も何もわからない状態で栃木に一年留学した彼の現在は奇跡に近い。5年生レベルの日本語を履修し、今日本の企業に応募しようとしているのだから。長かったような短かったような、そんなことを思いながら彼はボストンに降り立った。ボストンキャリアフォーラム。日本での就職先を得られる唯一と言っても過言ではない就活イベント。会場に足を踏み入れた彼の周りは本当に日本人ばかりだ。皆一様に紺の就活スーツを身に纏い緊張した面持ちを浮かべ会場を彷徨っている。「日本に来た。今までとはまた違う、新しい日本に。」
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僕は彼のことが心配だった。日本人である僕にとっても大変なイベントに彼は1人乗り込もうとしている。言語面での問題はないだろう。彼の日本語クラスのチューターとして一学期間会話や面接の練習を見て来た中でそこに不安は感じていない。しかし相手が企業の採用担当と大学生とでは大きく異なる。言語だけでなくマナーや文化の理解も必要となるだろう。ボスキャリというある種異様な空間の中で萎縮してしまわないだろうか?数週間前に「なぜ自分が日本語を学んでいるのかわからない。来学期以降も続けるべきかな?」相談して来た彼の声が頭をよぎる。

しかし考えてみると彼の悩みも自然に思える。なぜ日本語を学ぶのか?なぜ日本への就活に挑むのか?僕も不思議でならない。もっと有用で簡単で話者の多い言語はたくさんあるし、アメリカ人でコンピュータサイエンスを学んでいるのだからシリコンバレーで働いた方が環境も収入もよっぽど良いだろう。満員電車、エンジニアへの不理解、外国人への差別。日本に、外国人が働きたいと思える点が果たしてあるだろうか?なぜ彼は日本で働きたい?なぜ?

彼の選考プロセスは驚くほどスムーズだった。一日目の午前中にして来夏のインターンシップを獲得。会社の人も皆優しくしてくれ、日本語での会話もうまくできた。彼にとって問題は他の日本人の学生たちだ。自己紹介をした彼に、皆一様になぜ?なぜ日本で働きたいの?そう聞いて来る。それは最早純粋な興味というより、何で日本なんかで?アメリカ国籍を有しているのに?そんな棘を有した攻撃的な質問、彼にはそう感じられた。「東京は世界で一番住みやすい都市だから」「日本での留学によって新しい自分を発見できたから」そう答える彼の頭にしっくりくる理由は思い浮かんではいなかった。

一日目の夕方、僕は会場で彼と待ち合わせた。インタビューの連続で疲れていた僕は彼の疲労を思い描いていたが、約束の場所で目に飛び込んで来たのは笑顔で溌剌とした彼の姿だった。それはインターンシップを無事獲得したというだけでは説明できないような、今までに見たことのない彼の姿だった。周囲の日本人同様に就活スーツを身に纏いインタビューを受験し一日中この緊迫した空間にいたはずなのに。周囲を通り行く日本人たちの中で彼だけは輝いて見えた。

彼は楽しんでいる自分に気がついた。初めての日本の就職活動。ボスキャリ、就活スーツ、面接、全てが新鮮で新しい経験だ。それは…そうだ、2年前日本に行った時と同じ感覚だ。その瞬間、彼は答えを見た。なぜ日本で働きたいの?環境や給料は関係ない。それより僕は外に出たい。生まれ育ち慣れたこの世界を飛び出してみたい。新しい世界をもっと知りたい。

僕には彼の気持ちが良くわかる。同じ理由で今僕はここにいる。次の世界は…