早坂有生のYALE

2016年にYale(イェール、エール)大学に学部生として入学した日本人、早坂有生のブログです。大学での出来事やアメリカ大学出願のことなどについて書いていきます。ご質問、ご要望、ご連絡は記事へのコメント(非公開設定です)にお願いします。

3年生春学期授業振り返り

3年生の春学期が終わりました。今学期は4授業履修と、今までより少なめにした分、今までを振り返ったり自分の興味を分析したり、4年生の卒業論文に向けた研究のテーマを考えたりすることもできました。一方、課外活動にはあまり取り組みませんでしたし、卒業後の進路など本来もっと考え準備しなけらばならないことも多くあります。全てが自分の思うようにはいかない、当たり前のことに気づかされた3年生だった気がします。ということで、春学期の授業を振り返ります。

1. ARBC 140 Intermediate Modern Standard Arabic II
毎日50分のアラビア語の授業。基本的な文法を一通り学習し、政治や歴史などアカデミックなテーマの文でもなんとなくわかるようになってきました。まだまだ先は長いですが、一年前はまだ何も勉強していなかったことを考えるとだいぶできるようになったかなとも思います。課題は小テスト数回と翻訳(アラビア語から英語)プロジェクトでした。

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アメリカの大学、教授のダイバーシティ

前回の投稿から一ヶ月以上経ってしまいました。Yaleでは春学期も残り2週間ほど、それが終われば3ヶ月の夏休みとなります。そんな中、今話題となっていることの一つが、学部間の格差や教授のダイバーシティについての問題です。3月の終わり頃、僕の専攻、Ethnicity, Race, and Migration (ER&M)に属する教授13人がプログラムからの離脱を発表しました
(Thirteen professors withdraw from ER&M; majors in limbo)
。簡単に言うと、大学からこのプログラムへの資金や力が不足していることに対する抗議としての行動です。

元々、ER&Mは専攻(major)としては認められていますが、他の多くの専攻のような学部(department)ではなく、プログラム(program)という位置付けです。この違いが何を意味するかというと、一つ目に教授はER&Mのみに属することはできず、他の学部に属しながらER&Mにも携わることしかできません。また、ER&M自体に誰を雇い誰を解雇するかを決める権限はなく、大学運営側に従うしかありません。一つ目の制限の結果、教授はER&Mの分野に集中して研究したり、この専攻の学生に集中して指導することができず、年々増えるER&M専攻の学生を十分にサポートすることができなくなってきました。また、多くの教授がAmerican Studies学部との掛け持ちのため、ER&Mの授業の大半がアメリカにフォーカスした内容にならざるを得ません。二つ目の制限は、知識と権力が密接に繋がっていることを考えると大きな問題です。学生たちが何を学べるかが、この分野の専門の教授ではなく大半が白人の運営人によって決められてしまうというのは、特にそういった人種や社会不平等の問題を扱うこの分野の意味を剥奪してしまいます。

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アメリカ警察のパトカーに乗りました

日本でも警官と話したことなどほぼなかったのですが、この度アメリカ警察に4時間程お世話になってきました。
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とは言っても、犯罪を犯して捕まったわけではありません!!今学期履修している警察についての授業(Ethnography of Policing and Race)の一環として、地元の警察のパトカーに乗せてもらう(ride along)というフィールドワークをしてきたのです!アメリカでは書類を出せば誰でもできるものなのか、教授が元警察官でコネクションがあるからなのかはわかりませんが、この授業では学生全員一人一人が数回のパトカー乗車体験をし、それを元にペーパーを書くというのが最終的な課題です。乗車体験は、警察官の実際のパトロールシフトに同行するというもので、パトカーで街を巡回したり、交通事故現場に呼ばれて行ったり、DVの通報を受けて現場に行ったり、警察官専用の休憩所のようなところで同僚の人と話したりしました。一般人には公開できない秘密の多い組織というイメージの警察でしたが、行方を追っている犯人の個人情報から警察のネットワークシステム、現場への同行等起きていること全てをそのまま見せてくれ、驚きとともに面白い経験でした。授業で読んでいる文献と今回の観察を元に、特に印象に残っていることをQ&A形式で書いていきたいと思います。

Q1 警察官って、どんな仕事?毎日何してるの?

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社会学的には過去でもない、未来でもない、今を生きることなどできない説を検証

俺は過去でも未来でもなく、今を生きる。あなたは過去に囚われすぎている。大事なのは、今じゃない。漫画やアニメでそんなセリフを聞くこと、ありますよね。かっこいいシーンですが、よく考えてみると、過去にも未来にも縛られず、今を生きるってどう言うことでしょう。そんなこと可能なのでしょうか?そこで今回持ってきた説はこちら。過去でもない、未来でもない、今を生きることなどできない説!
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今回の説の検証にあたり、我々はヒト、社会に一番詳しい社会学者を探すことに。まず浮かび上がったのがアメリカ出身のベッカー (Gary Becker, 1976)。ノーベル経済学賞も受賞していて、合理的選択理論(Rational Choice Theory)を提唱し経済学を人間の様々な決断、行動に応用したことで有名だ。この理論はいたってシンプル。人は誰しもどのような時でも、置かれた状況の制約の中において未来のWelfareを最大化するよう利益とコストを計算し決断・行動すると言うもの。つまり未来に縛られて生きていると言うことだ。Welfareは基本的には経済的利益のことを指すが、コネクションや地位、尊厳といった社会的・文化的利益も含まれている。

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フェミニズムはアメリカの受け売り?

レズビアン、ゲイ、トランスジェンダージェンダーセクシュアリティ、セクハラ、、近年話題になっている性的マイノリティや女性の権利と言った議題には横文字ばかりが並びます。言いたいことはわかるが、それは西洋の受け売りだ、日本の伝統的文化を軽視して良いのか?これくらい言っても良くない?ここアメリカじゃなくて日本なんだから。そんな風に思うこともあるのではないでしょうか。

事実、元々男/女という二元論や同性愛の宗教的・医学的違法性を主張していたのは西洋です。例えば昔のイランでは男性の中にも少年と髭の生えた青年という二種類の性が存在し、この二性間の恋愛や性的行為は一般規範として行われていましたし、日本でも明治時代くらいまでは似たように僧侶と弟子の少年、高等学校の寮生同士、と言った「男性」同士の行為は常識的なものでした。一方西洋ではキリスト教的に同性愛を罪だとしたり、医学的に病気だと扱ったり、法律的に取り締まったりしてきました。日本も近代化の一環としてこういった西洋の価値観を導入し頑張って広めた結果、現在のような恋愛による異性愛を至高とする価値観が常識となったのです。(東京大学ジェンダー論で勉強しました。)

このような背景を鑑みても、国連や西洋の活動家が日本に現在ある価値観を無視し、西洋で認められている議論の輸入を迫ってくるのはどうなのだろうか。そんな風に思いながらジェンダースタディセミナーの履修を決めましたが、授業内容や他の学生は僕のイメージとはだいぶ異なりました。「transnational gender studies」について学ぶこのセミナーは、西洋至上主義のフェミニズムに批判的です。このtransnationalという言葉も、国レベルの議論に縛られるinternationalや全世界に共通する絶対的な価値観があるという立場のglobalへの批判から生まれた表現です。

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