早坂有生のYALE

2016年にYale(イェール、エール)大学に学部生として入学した日本人、早坂有生のブログです。大学での出来事やアメリカ大学出願のことなどについて書いていきます。ご質問、ご要望、ご連絡は記事へのコメント(非公開設定です)にお願いします。

開発経済学の目指す世界

なぜ先進国と発展途上国の経済格差は縮まらないのか?なぜ1日$1以下で生活している人々がいる一方で億万長者も存在するのか?何をすれば格差は縮まるのか?貧困層をなくすにはどうすれば良いのか?誰でも一度は考える疑問ではないでしょうか。経済学の中でも、開発経済学は特にこういった疑問に特化し、実験や数学技術を駆使して答えを探っています。その片鱗を授業を通じて学んでいるので、ご紹介したいと思います。

開発経済学が明らかにしたいもの、それは一言で言えば因果関係です。〇〇をすれば、人々の収入が上がる、健康状態が良くなる、のようにこれさえすれば問題を解決できる!というのを探し、仮説を立て、それを証明します。ここで問題となってくるのは、仮説の関係が本当に因果関係で、ただの相関関係ではないということを証明する難しさです。例えば、「教育を受ければ収入が上がる」という仮説を考えてみましょう。この証明のためには回帰分析という統計学の手法を用います。調べている地域の人々の教育を受けた年数と収入の統計を取り、それを数式

(収入)=β1+β2(教育年数)+ε

で表します。β2が統計的に0より大きければ、教育年数が多いほど収入が多く、つまり仮説を実証できるわけですが、この数式が成り立つには条件があります。それはβ2とεに関連性がないというものです。同じ教育年数でも、収入には人によって差があり、それがεで誤差として表されていますが、これが教育年数と関係があると、困ったことになります。例えば誤差の原因として「親の収入」を考えてみましょう。親の収入が高いほど、子供は教育を長く受けられそうです。また、親の収入が多いと、例えば家族経営であれば(貧困地域で多くの人が営む農場経営等)子供の収入も高くなりそうです。すると、実際には教育年数が収入上昇の原因ではなく、親の収入が二つどちらもの原因となっているためそう見えるだけとなってしまいます。したがって、教育年数が増えれば収入が上がるのだから、教育政策をより充実させれば良い!と言う考えで教育に資金を回しても、収入向上の効果は挙げられないかもしれません。

つまり、本当に教育年数こそが収入上昇の原因であることを言うには、見ていない他の条件が教育年数と関係ないことを言わなければなりません。これは回帰分析の条件を増やし、(収入)=β1+β2(教育年数)+β3(親の収入)+...+εと関係ありそうな項目を追加していくことである程度は解決しますが、考えもしなかった条件が実はそれらの条件と収入向上どちらも引き起こしていると言う可能性は拭えません。

この問題を解決するために、一時期よく使われたのは操作変数(Instrumental Variable)という手法です。これは、上の例を用いるなら「教育年数とは関係があるが収入とは関係ない」条件を用いるというものです。例えば「6歳〜12歳の時に起きた干ばつの回数」を考えてみましょう。貧しい農村地区では、農業が忙しいと子供も駆り出され、学校に行かなくなることも多いです。しかし、干ばつが起き、農業が営めないような状況になると、人手は必要とされず子供達は学校によりいくようになります。つまり、干ばつの回数と教育年数には相関関係がありそうです。しかし、当時の干ばつの回数と現在の収入には、関係はなさそうですね。(あるかもしれず、実際の論文ではない理由を色々と論理的に説明する必要がありますが、ここではないことにしましょう。)すると、収入と教育年数の関係式に
(教育年数)=β1+β2(干ばつの回数)+ε
を代入することで、
(収入)=α1+α2{β1+β2(干ばつの回数)+ε}+ν
のような式を得られ、改めてα2を計算し、これが統計的に0より大きいと言えれば、教育年数が収入と因果関係があると証明できます。

この手法の問題点は、因果関係は言えるもののメカニズムはよくわからないという点です。教育年数が収入を向上させると言えても、なぜ、どのような仕組みでそれが起こるのかは言えません。

操作変数以外によく使われるのは、ランダム化した実験を行うか、自然に発生した事象にランダムさを見つけそれを用いた分析を行うというものです。ランダム化実験はなんとなく想像がつくのではないでしょうか。例えば、同じようなレベルの学校100校の中からランダムに50校選び、その学校には新しい教科書を配布し、残りの50校にはしない。そして後々同様の試験を生徒に受けてもらい、その結果を見ることで新しい教科書の成績向上に与える効果を分析するというように、「一つの条件だけが違う」という状況を人工的に作り出します。(経済学者が実際に行った実験では、新しい教科書は成績向上に特に関係ないという結果でした。)

もちろんこれにも色々と考え工夫しなければならない点は多いですが、ここでは自然発生の事象を用いる、natural experimentに注目して見ましょう。ここでいう自然発生とは、経済学者が人工的に作り出したランダム化された事象ではないものを指しますが、そのようなものはあるのでしょうか?

最近の授業で出てきたのは、場所によって収入が変わるかという、働く場所と収入の因果関係性を調べる研究です。その研究を行った学者は、IT系インド人の、インドで働いている人の年収とアメリカで働いている人の年収に大きな格差があることに注目し、能力ではなく単純に働く場所が年収を決めるのではないか?という仮説を立てました。これを証明するために彼が利用したのがアメリカのH1Bビザ制度です。H1Bビザは抽選で発行有無が決定される、自然に起こるランダム化です。彼はインドとアメリカ双方にオフィスを持つ巨大IT企業の従業員の中で、「H1Bビザに応募したが抽選に通らずインドで働いている人」と「H1Bビザに応募し当選したためアメリカで働いている人」の収入を比べました。サンプル数が十分大きければ、この2グループ間の個人の能力等様々な項目は同等と見てよく、従ってインドで働いているかアメリカで働いているかという条件のみが異なると見なせます。

結果は、アメリカで働いているグループの方がより多くの収入を得ているというものでした。もちろん、生活費や物価などの影響もありますが、それを差し引いてもなおアメリカの方が給料は高いのでした。この研究が示唆するのは、働く場所と収入には因果関係があり、逆にいうと同じ能力や産業でも場所を変えるだけで収入は変化するということです。

ということで、今回は開発経済学の基本的なアプローチ方法について書いて見ました。授業では、こういったアプローチを使い実際に教育や政治といった分野でどのような研究が行われ、それによって何がわかるのか?ということを学んでいます。では!