早坂有生のYALE

2016年にYale(イェール、エール)大学に学部生として入学した日本人、早坂有生のブログです。大学での出来事やアメリカ大学出願のことなどについて書いていきます。ご質問、ご要望、ご連絡は記事へのコメント(非公開設定です)にお願いします。

「企業」とは

大学三年生になると、将来のこともだんだんと考えなければなりません。周りを見ると毎週末のようにコンサルや投資銀行のインタビューに赴く人も多くなってきました。そんな時ふと、人はなぜ働くのか?なぜ企業という組織に属し生きていくのか?この生き方は人の歴史の中でいつどのように形成されたものなのか?思いますよね。この疑問を文化人類学的視点から考察するのが今学期履修している「The Corporation」という授業です。

授業は歴史的に企業を見ており、東インド会社からアメリカでの鉄道会社・石油会社、フォード、そしてポストフォードという感じでそれぞれの時代における企業の形態、役割、文化などについて考察して来ました。文化人類学らしく、企業がどう変化して来たかだけではなく、それによって人々の働き方や消費行動がどのような影響を受けたかということにも注目するのが興味深い点です。今回は特にフォードに注目して書いて見たいと思います。

ご存知アメリカを代表する自動車企業のFord。Assembly line (ベルトコンベア方式)という車製造の過程を全て繋ぎ、作業員がそれぞれ一部分のみをひたすら担当する製造方法を開発し、1900年代初頭から目覚ましい成長を遂げました。これは生産方式としてはTaylorismを最適化して取り入れたものと言えます。Taylorismとは人間の身体を科学的に捉え効率の良い動きを追求するというもので、フォードの作業員は厳格に定められた動きのみをひたすら繰り返し行うことで、生産の効率を最大限高めました。これによってフォードはコスト削減と大量生産を同時に達成することに成功したわけですが、それだけでは事業の成功には至りません。

まず第一に、このような生産方式を作業員に浸透させる必要があります。お単純作業をひたすら行うという労働形態には当然不満も湧き上がる訳ですが、これに対しフォードが打ち出したのが「8 hours $5」という雇用形態です。一日の労働時間を8時間に制限し、日給を5ドルとするという、当時からすると革命的に短くしかし給料の良い労働形態でした。

さらに、フォードは社会部という部署を作り、作業員の家庭にも影響します。「making man」をモットーに、この部署は作業員に結婚を奨励し、各作業員の家庭を訪問し給料が酒やタバコなどに使われていないかを細かくチェックしました。これは移民労働者が大半を占めていた作業員に対し「アメリカ人」の生活規範を浸透させることで管理を容易にし、生産効率を上げるという狙いの元行われたと考えられます。

第二に、消費者行動を変える必要があります。たとえ大量生産を可能にする製造過程と労働者が揃っても、それを消費する消費者がいなければ利益を上げることはできません。ここでフォードは二つの戦略を実行しました。一つ目は、車がないと生活できないような社会を作るというもの。政府と協力して鉄道の発達していない場所に街を作り、それらを幹線道路で繋ぎ、何をするにも自家用車がないと不便という状況を作り出しました。二つ目に、自家用車所持こそアメリカンドリーム!というようなイメージ戦略を打ちたてました。これは今でも「自分の車を持ってこそ一人前」「典型的なアメリカ人=マイホームに住んで週末はドライブに出かける白人家族」というようなイメージが強く根付いていることにもつながっています。
↓1937年Life紙より。
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ということで、生産方法、労働、消費全ての面でフォードは「規格化」を行ない、自動車という製品に制限されない影響力「Total way of life」を実現したと言えます。物理的には同型の製品を同様の作業によって大量生産し、さらに共通の一つの理念を社会部やイメージ戦略を通じて労働者及び消費者に浸透させることでフォードは発展を遂げました。このフォードの戦略は当時の他の企業にも多く当てはまるため、Fordismと呼ばれます。

しかし1950年代くらいになるとFordismも陰りを見せ始めます。問題はover accumulationという資本主義に普遍の欠点でした。資本主義を「資本Mから商品Cを生産し、それを売ることで資本M’ (>M)を得ることで資本を蓄積する」M-C-M’プロセスだと考えると、間違えるとMやCが過多(over accumulation)になってしまう可能性があります。つまり、折角多くの資本があってもそれから商品を生産する労働者が不足していたり、折角多くの商品があってもそれを消費する消費者がいなければ目的であるM’を得ることはできません。例えば、フォードでは自動車を大量生産しても、それを購買する消費者が減少していました。多くの人がすでに自家用車を手に入れており、規格の同じ自動車への需要が減っていたとも言えます。

ということで、この時代にFordismからPost-Fordismへの変換が起こります。その一端を担ったのが、ご存知の方も多いであろうジャスト・イン・タイム方式でした。が、ここから先はまた次回にしましょう。Fordismは衰えたとは言え、その概念の中には今でも残っているものも多くあると思います。企業が被雇用者の価値観形成に影響を及ぼす、企業が消費者行動を能動的に変える、といった現象は日本でもアメリカでも世界でも見られるものだと思います。企業の採用ウェブサイトの文言や宣伝文句をこのような側面から考えてみるのも面白いかもしれません。